2005年09月19日

帰省

約半年振りで実家に帰省してきた。両親とは、かれこれ10年以上離れて暮らしている。両親も僕自身も我の強いタイプの人間だけに、同居している頃は衝突も多かったのだけど、距離を置くようになって以来、自然に解り合えるようになってきたような次第。和解に至った理由はいろいろあるのだろうけど、最大の要因は「お互いにとって適切な距離」が取れるようになったことなんじゃないかと思っている。今でも、たまに帰省する程度だから仲良くやっているけれど、これが毎日顔を合わせる関係だったら間違いなく喧嘩になっているだろうと思うので(笑)

対立してしまう原因は何かと問われれば、はっきり言って大したものではない。傍目に見れば「そんなことでいちいち喧嘩するなよ」と嗜められるような些細な問題に過ぎないと思う。何故に些細な問題が気になるかと言えば、それは僕と両親が「似た者同士」だから。

両親とは価値観もそれほど乖離していないし、概ね同意し合える信条の持ち主だと言って差し支えない。つまり、価値観があまりにも違い過ぎるが故の対立ではない。喧嘩になってしまうのは、考え方が似ているが故に、取るに足りない些細な相違点が許せなくなることがあるから。相手は自分と同じ考え方をしていると認識しているだけに、少しでも違いがあることが認められないということがあるものだ。
もう一つの理由は、相手の中に自分の欠点を見出してしまうから。人は鏡を見ることがあまり得意ではないのではないかと思う。

ともあれ、大学進学を機に一人暮らしを始め、社会人になってからは名実共に完全に独立して、それぞれの道を歩むようになった。以来、顔を合わせる頻度はそれほど多くはなくて、ここ最近は年に2、3度ぐらい。この頻度で会っていると、「変化」というものを嫌でも意識させられてしまう。身も蓋もない言い方をすれば、衰えが目に見えるということ。

僕が学生だった頃、父親はちょうど仕事も引退して余生を楽しもうとし始めた時期で、趣味の写真を目的にして、アジアだのアフリカだのの辺境の地を好んで旅していた。仕事をしていた頃は、写真と近所の山を歩き回るぐらいしか趣味もなかった父だが、隠居暮らしになって以来、ようやくやりたいことを何の気兼ねもなくできるようになって、水を得た魚状態になっていた姿に、祝福を半分、羨ましいのが半分という心境だったことを覚えている。たまに実家に帰ると、旅行先で撮ってきた写真を見せてもらいながら、旅先の武勇伝だの土産話だのを聞くのが恒例になっていた。

そんな父は現在70代。彼の父親、即ち僕にとっての祖父が亡くなった歳を既に越えている。本人もそのことは自覚しているようで、もう先はあまり長くないと考えているらしい。数ヶ月前に実家をリフォームして、壁紙やカーペットを張り替えたりしていたのだけど、話を聞けば家を手放さなければならなくなった場合を想定に入れているらしい。つまり、この先、いつ介護が必要な身になるか判らないし、そうなったら今の家に住み続けるのは無理がありそうだから、体力の残っている今のうちに直せるところは綺麗にしておこうと考えたとのこと。

客観的に考えれば合理的な判断だろうとは思うのだけど、近くにいれば喧嘩になるぐらいに元気だった時期を知っているだけに、自らの終わりを考え始めている姿を見るのは寂しい。だからと言って、身辺整理をし始めているのを止めるわけにもいかず。僕にはただ見守っていることぐらいしかできないのが、なんとももどかしく。せめて、元気なうちになるべく顔を合わせて話せる機会を作るようにしている次第。
posted by cesare at 23:27 | 人間関係
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